落ち着きました

COLUMN

おかげさまで無事に父を送りだすことが出来ました。
色々とバタバタな日々でもありましたが、初七日も終え、少し落ち着きました。

暖かい言葉や、お花や、その他お気持ちなどを頂き、お心遣いに感謝しております。
今は色々と考えてしまうと、後悔することが沢山出て来てしまって悲しくなるので、深く考えずに過ごしています。

少しずつ受け入れていけたらと思っています。

葬儀は、父も母も兄弟が多く親族も多いこと、定年前の発病で早期退職であったこと、そして負けず嫌いな性格で闘病する姿を見せたくなかったようで多くの人と連絡を絶っていたことから、近親者のみで静かに送りだそうと、母と考えました。(そのために色々なお申し出をご遠慮させて頂きました。お気持ちありがとうございます)

そうしたら…。
父の会社時代の悪友のおじさんたちが家まで来て「それはないだろう」「最期に会いたい人たちが沢山いるよ」と。

あまり会社での父の様子を知らない私達に、色々と話して説得してくれたため、式場のお部屋なども含め諸々仕切り直してバタバタしました。(込み合っている時期、担当の人は相当迷惑だったと思います・笑)

60歳を超えたおじさんたちがまるで仕事のようにメモを取りつつ、ガラケー片手にdocomoのメアドで連絡をしてくれる姿に思わず笑ってしまいましたが、なんだかとても有り難いものでした。

子供の頃から、朝起きたら父のお友達が数名泊まっていることもしょっちゅうだったし、家族ぐるみで旅行に行ったりもしてたし、私が20代の頃は父主催で毎月30-40名のゴルフコンペをしていて、なぜか私と母も駆り出されていたから、顔見知りの方も沢山いるので、お友達に賑やかに送り出してもらうのも良いかなぁと。

退職して年月が経っているにも関わらず、たった数時間の葬儀のために、北海道や関西などの遠方から、先輩や同期の方々、そして現役の方々までも駆けつけてくださり、びっくりするとともに恐縮するばかりでした。

私達家族は比較的落ち着いていたのに、男性陣の嗚咽が聞こえてきたものだから少し引きずられたりもしたけれども、父がどのようにお友達たちと過ごしていたのか、少しだけ分かったような気がしました。

昨年私が少し学んでいた、7つの習慣の第2の習慣に「終わりを思い描くことから始める」というものがあります。それは葬儀の場面で「自分の人生をどのように語って欲しいか」を考え、それを念頭にどうやって生きるかを考える、ということです。

父の葬儀を通じて、父がどのように生きたのか、そして周りにどのような影響を与えたのかを少しだけ知ることが出来たような気がします。

父の人生は少し短かったけれども、とてもとても良いもので、大成功だったのだろうな。。。

武井家は寿命が短く、叔父が知る限りは祖母の68歳が最高齢だそうです(父は65歳、父の兄は45歳で亡くなりました)。よって私は69歳を目指して生きていくわけですが、その時までに私も父のような良い人生に出来たらいいな、と思いました。

今は、母も私も、父と喧嘩したりブーブー言っていたことはあまり思い出さず、良かったところだけが話題になります。

娘から見ても仲の良い夫婦だったから母のことが少々心配でもあるけれど、少しずつ日常に戻れたらと思います。

お仕事は9日から再開します。
この1年ほどは父のこともありスピードダウンしていましたが、巻き返すべく頑張りたいと思います。
どうぞよろしくお願い致します



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